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脱井蛙ブログ

教職を志す地方公立大学の学生が教育含めた様々なことを発信するブログです

vs 学習指導案

   自分が経験していても、やるもんだと教えられても、その「当たり前」と考えるものに意味はあるのか、一歩立ち止まって考え直すことを忘れてはならないと思いブログも書いています。今回は学習指導案についてです。

苛まれる実習生

   教育実習生は必ず学習指導案と闘うことになります。そもそも学習指導案とは

教員(学習支援者)が授業・講習などをどのように進めていくかを記載した、学習指導・学習支援の計画書

のことです。実習では必ず学習指導案を作成し、担当教諭に提出・相談の上、授業構想を進めていくことになっています。一見重要な役割で実習生が悩むのも無理はないと思われる方も多いのではないでしょうか。しかし、内容とは全く違うところで苦しめられることになっています。

  それは形式です。原稿用紙の時もありましたが、形式大好き教員が実習生の担当だとこれを教員の意向に沿うよう語尾やニュアンスばかり手直しする羽目になります。ですが、学習指導案の出番は授業構想時と研究授業の資料としてだけです。それなのに形式厳守のため、想像を超える労力と手間を吸い取るクッキングペーパーとなっていることはお近くの実習生を見ると分かります。百聞は一見に如かず。

   原稿用紙の時と一緒ですよね。形式は大好き!守ってもらわなきゃ困る!といいながら、実際の意味は薄い。だからこそ教員ごとに些細な違いが多くあるのではないでしょうか。「形式だけを指摘してくる者は力がない。」という、ある先生の言葉が印象的でした。

   要らないんじゃない?と率直に思います。授業内容について考えるなら形式にそこまでこだわらず、もっと具体的な資料や実際に使う学習材を用いたり模擬授業を10分でもするべきだと思うのです。研究授業の際にハンドアウトとして提出するためでも実際見に来られる先生方は授業内容や生徒の顔や様子を見ることになり、結局指導案自体は一瞥だけで、ゴミ箱という「封印の黄金櫃」行きではないでしょうか?

   でも、指導案を作るのは通例となっているので変えがたい。そこならあの紙切れを有効に活用するためオープンソース化すべきだと思うのです。

指導案にも役割を

   『千と千尋の神隠し』の湯屋と一緒で、指導案も作るなら仕事させろという話です。

   すでにSENSEI NOTEやEDUPEDIAなどを有効に活用されている先生方もいらっしゃると思いますが、あの感じです。どうせ作るならゴミ箱に捨てる前にPDFにでもスキャンして学校毎に蓄積していけばいいんじゃないかと。そうすれば一人での実習でも代々の実習生(先輩教員)が考えた授業を参考にしたり、自分の授業案と比較することができます。教員になろうという熱意をもって作成されたものは、後輩を育てる意識の無い教員よりよっぽど味方になってくれるはずです。絶対捨てるの勿体無いです。(残念ながら教育実習は現場にとって「面倒」だと考えるきらいが、教員や大学にあるようです。もちろん手を尽くしてくださる先生方も多くいらっしゃったので…この点はまた触れていきたいと思います。)

   私事ですが、今年度のゼミの成果もオープンソース化してしっかりと形に残します。来年のゼミの参考になればな…。自分で振り返ることもすぐできるので頑張ります。

  

佐藤