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脱井蛙ブログ

教職を志す地方公立大学の学生が教育含めた様々なことを発信するブログです

大学生の常識と大人の常識?

 

「大学生の常識って世の中では完全に非常識だよね〜」

 

先日参加した
子どもの貧困対策レベルアップ研修会で様々な方からこのように言われました。

 

確かに僕がいま代表を務めている
つるっ子プロジェクト実行委員会でも
スタッフである大学生が
・連絡を無視する
・必要な報告をしない
といったようなことが何度か見られました。

 

常識と非常識?

先に述べたようなことは
明らかに【非常識】であり
大学生だからといって許されることではありません。

 

ただ大学生の《常識》全てを
【非常識】と捉えてしまって良いのでしょうか?

 

相手のことを
【非常識】としてしまうと

 

相手が為すことは全て間違いで
自分は何ひとつとして間違っていないのだ!


という一種の自己陶酔に陥りかねません。

 

「学校の常識は世間の非常識」?

これは学校と学校外の関係でもよくあることだと思います。


「学校の常識は世間の非常識」


という言葉を聞いたことがある人はかなり多いことと思います。

 

確かに
・小学校低学年はシャープペンシルを使ってはいけない
・集会の時は第一ボタンの上にあるホックをしめる
といったような学校では当たり前とされていることが
世間では当たり前とされていないことから


「学校の常識は世間の非常識」


と言われてしまっても致し方ない部分はあるかもしれません。

 

ただ先にも述べた通り
学校の《常識》を
世間の【非常識】と捉えてしまうと


学校が為すことは全て間違いで
世間は何ひとつとして間違っていない!

 

と言うこれまた一種の自己陶酔に陥ってしまいかねません。

 

解決策の提示

ではどうしていけば良いのでしょうか?

 

私個人の考えをひと言で端的に表すのであれば


常に《常識》を疑わなければいけない


です。

 

言葉で言うのは簡単ですが
私をはじめどうしても自分の為すことが全て正しいと思い
他を排斥することで自分の存在を確認したいという性を人間が持ち合わせているという点である意味致し方ない部分もあります。

 

なので
いきなり
常に《常識》を疑うのは難しいにしても

 

《常識》を疑わない
→相手の為すことを全て間違いと捉えてしまう
→一種の自己陶酔に陥る

 

という図式を理解しておくだけでも
かなり意義はあるのではないでしょうか。